休職から復帰した社会人の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

日常と社会

日常は病気のことさえ除けば、わりと順調なのだろう、と思う。

だけどやはり、性格なんだろう。格差問題とか社会病理とか、そういうことに対する興味関心が薄れない。

そういうことに関心を持っていると、今日本で生きることは明らかに「不合理で高リスク」で自分の生き方が間違っていると感じる。

そんなことに興味なければ悩むこともなかろうに。

復帰して半年経って思うこと。

復帰して半年が経った。
色々感じたのでまとめたいと思った。

まず、体感速度が全く違う、去年と比べ今年は比較にならないくらいに早く感じる。今年は「もう半年経った」、去年は「まだ半年しか経ってない」、もう別世界にいるようだ。

何より「コンテンツ」を楽しめる。去年のこの時期は音楽や漫画、食にも興味を示さなくなったのをよく覚えている。

そして自分がどんなときにダメージを受けるか、ということが、今までの人生も振り返ってみてわかった。集団においてやれることがない、もしくは極端に出来るようにならない、という場合に精神的負荷になるようだ。今思えばバイトとかで、同じような体験はあった。

事務はルーチンワークがメインなので、経験として蓄積しやすいので良いのかもしれない。正直技術職もそうだと思うけど、前部署では蓄積が全く無い状態で広く浅くやられて参ったのだと思う。情報系の学部出てたら変わったのかもなぁ、とは思う。日本語わからない状態でセンター5教科7科目を勉強しろ、というようなもの、無理です、地道に積み上げるタイプだから、覚え悪いけど時間でカバーするタイプだから。

逆に苦手でも注ぎ込む時間がそこそこあって、範囲が狭ければどうにかなるのではないかと都合よくも思う。

そして、部署が変わってみて、同じ会社でも職種が違うと全然違うし、同様に職種が同じでも会社によって全く違う、ということがよくよく身にしみる。高校や大学の同期に事務職、SEが複数人いるが、会社によって全く違う。

1年間チーム制の技術研修をやる会社もあれば、うちみたい所もあるし、経理と言いつつほとんど法務関連をやっているところもあるし、経理とはいってもいわゆる下請け経理がメインだったり、何だかなぁと。

ほとんどの場合、総合職として入社し、業務が振ってくる、という状況を見ると、会社選びも含め「ガチャ」なんだなぁ、と思う。

まあ、この「ガチャ」は基本的にやり直しがきかない、という恐ろしいものなんだけど、。人生において非常に大事な職業に対し、入口戦略しか対処法が無い、っていうのはちょっと残念な気がする。高度経済成長期はそうでもなかったんだろうけどさ。

なぜ奴に苦しみを求めるか

人を恨むとしても、生命を絶たせる、というのはあまり復讐的では無いと思う。

結局、生きることが非常に苦しい中で、死ねずに生かすことが最大の復讐と思うのだ。安楽死が盛んになってきたように、死は悪いことばかりではない。

無になってしまえば全て終わり、でも生きている限り、ずっと苦しむのだ。

私が親に強い怨念を持っているが、むしろ自分の苦しみを見せつけることで、親に対する復讐をしている、そんなふうに少し思う。なので消えろとは思わないのだ。だから、親の前で絶ったらどう思うのだろうか、とか、考えるのだよね。

いやー、だいぶ歪んで育ったなぁ。

やはり親との確執は取れない

先日父親と喧嘩のような言い合いをした、主に今までの愚痴みたいなものなのだが。

本当は母親にもそれを言おうとしていたが、結局躊躇して、言えなかった。と思いきや、父親が既に言ってしまっていたことが今日発覚した。

そして、奨学金の自己負担分について、大体の私のボーナス2〜2.5回分、は払う準備があると言われた。

正直、まさかそう転ぶとは思わず、かなり躊躇しているが、貰った所で鬱憤が晴らされるかというと、実はそうでもない。敵意がマイナス100からマイナス80になるような感じなのだ。

やはり、考えると一番の怒りは言動と行動の不一致や、それらによる精神的金銭的圧迫、その結果不合理な選択しかなかったこと、これらが不愉快なのだ。これを書いている時点でかなりイライラが募っているのがわかる、壁を殴りたい。

いつも、お金がないと言われ、母親の愚痴聞きになり、比較され蔑まれども褒められはせず、自尊心を奪われ、その中でも最適な選択肢を取ろうとしていたのにもかかわらず、当の親はそんなことせずテキトウに過ごし、ああ、書きながらイライラが止まらない。何か聞けば子供は黙っていろとされ、そんな中でもこちとらどれだけ費用対効果を考えて、どれだけ家で見を縮こませて、何とか生きてきたのに、何なんだ。

いやさ、まともな説明があれば違う結果だったのだろうね。

そして、最大の懸念は、奨学金清算を免罪符と、捉えられることなんだよな。違うよ、お前らは最も苦しめよ。まるで言い訳のようなんだ、やってることがさ。

今の姉に対する行動もそうだ。私達は医者の言う通りにしてきた、この病気のことを考えたら今の状態でも十分だと、当の本人の幸福や、今後何てお前が気にすることでは無いと。もうさ、そこで止まるのよね。今は孫に夢中で娘はどうでも良いってか。なぜ底で思考を止めるんだ。未来を考えないんだ。

現実的にお金はかなり今の私にとっては大事だ、どうしようか。

やはり親とはわかりあえない、か

久しぶりでもないが、父親と夕飯を食べた。
私はある話をぶっ込んだ。奨学金の話である。
奨学金の何が問題か、私の場合は金そのものではなく、その状況に文句があった。

昔から「うちにはお金がない」と散々言われてきた。同級生と話があったことはなかった。そもそも物質的に違いが有りすぎて、ズレてしまうのだ。おかげで私はケチな性格に育った。ここまでは別に良い。お金が無いのなら、仕方ない、と言える。だが、厳密には違うのだった。

高校になると、口酸っぱく国公立にいけと言われた。私立に行く金はないと。塾も行かなかったし、全て勉学は参考書で済ませた。部活だって全く金がかかっていない。

しかし、国公立落ちた途端、何故私立を受けなかった、予備校に行け、と散々言われた、落ちたら工場で働けと言っていた奴らがである。そして、浪人時は確実に受かる、そして就職が良い大学を受け受かった。

そして私は奨学金を借りさせられた。

ここまでも別に良いんだ。ただ問題は奴らの言ってることとやってることが違うということだった。

私には金が無い、そいうが、節約はしないし、すぐに言葉を覆す。挙げ句退職金を自慢げに話す。お前らは自尊心を奪った挙げ句、奨学金という方法を使って金まで奪うのかと。

金が無い、この言葉は言葉にし尽くせないほどに、私の精神を蝕んでいる。にもかかわらず。

正直書いていて言葉にならない。この文句を行った途端、仕送りしていたのは誰だとやつは暗に言ってきた。一瞬前は媚びるような姿勢だったにも関わらずだ。

酔っているのもあるが、言葉にならない、なんというか、残念だ、ただただ残念だ。親の前で死ねば復讐になるのか、と考えているようには見えないのだろう。楽しそうだな、と言われたよ。地獄だよくそ野郎。