ただの学生の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

陰嚢湿疹と泌尿器科

物心ついたころより、陰嚢湿疹に悩まされていた。基本陰嚢は痒いものだと思っていたし、いつもパンツは汚れていた。常に傷だらけなので授業でプールに入るときは本当に嫌だった。

 

段々歳を取るにつれて自分の症状がいわゆる「陰嚢湿疹」というものだということ気が付いた。皮膚科に行き、菌の確認をしてもらい、いないのでアトピーだろうと診断されれ、ステロイド系の塗り薬をもらった。

 

陰嚢湿疹を知っている人はわかると思うが、全く改善はされなかった。というか、十数年悩んでいるのに簡単に治るわけなかった。もちろん、季節によっては楽な時期もあるのだが、1つ問題が起きた。

 

そう、恋人が出来たとき、非常に何とも言えないのである。男子校時代とか無関係だったわけだけど、もう無視することは出来ないのだ…。

 

まあ、現在はどのみちいないのだけど、最近ひどいのでまた調べていたら、あるブログで排尿障害との関連があるのでは、と書かれていた。

 

そこ、泌尿器科にいったところ、膀胱?だかはわからないけど、明らかに異常があった。

 

とりあえず、薬をもらったので、どうなるか楽しみである(薬剤師曰く、即効性ではなく、じわじわと効くものらしいが…)

 

 

合わないサプリ

当方アトピー性皮膚炎を持っており、かつ一人暮らしのためちょこちょことサプリを買っている。

 

長期間飲もうとか思うけど中々続かないという問題があるのだが、最近気づいたことがある。今のサプリ飲むと耳が痒くなって乾燥がひどくなる。

 

正直他のサプリではこのようになったことが無いのでよくわからないけど、これ体質に合ってねえんだな、一体どこが合っていなかったのだろうか。

 

とりあえず、もったいないけど捨てよう。

恋愛において引きずるから次に行けないとは

一度目の恋愛、二度目の恋愛、ここには大きく差がある。但し、ここでいう恋愛とは正式にお付き合いをし、比較的長期的関係を保てた場合のみを示す。

 

まず、一度目の恋愛の最大の特徴、それは全てが初めてだ、という点に尽きる。初めてのサンプルなわけで、全く勝手もわからない中、お互いに様々な模索をしてゆく。また、恋愛における恋人関係というのは、最も他人のことを知ることが出来る関係性であり、それまで居た親友や家族より、場合によっては深い関係にもなる。

 

そして、この一度目の恋愛を体験した後、不幸にも次の恋愛をしなくてはならないとき、その体験が大きな足枷となることがある。そう、引きずってしまうことによる悪影響が発生する。

 

全ての初めてであり、今までで最も深い関係になった相手を失ったときの悲しみは計り知れない、まして奪われてしまったとき、その対象群に対する恨みは想像しがたい。だが、そこでずっと悲しみ続けてたところで一体何を得ることが出来ようか?相手にその心情を見透かされ、運悪ければ、体よく利用されるだけである。きっとその瞬間は満たされるのかもしれないが、そいつはただの屑である(ああ、恋愛異常とは恐ろしい)。

 

確かに心では中々きついものがある、しかし、そこから脱出出来ることは出来るのだ。但し、その過程を一度目の恋愛と混同してはいけない。

 

残念ながら、やはり初回というものは特別である。今まで真っ白だった自分が、真っ白だった相手を染めて染められる。だが、二度目は色が残ってしまっている。

 

日常で少し歩けば思い出がたくさん甦る、あれほど自身を理解してくれる人はもう二度と表れない思い、将来を悲観し、絶望に伏す。そして昔のことを思い出し、空想の中に日常を見出す。そして引きずっている、と言うのだ。

 

二度目の恋愛は、一度目と違い、その色が残っている状態から始まってしまうのが常なのだ。だからどうしても比較したり、思い出したりしてしまうだろう。

 

もちろん、時の経過は素晴らしいもので、その色は段々と薄くなっていく、でも真っ新になるなんてこと、無いのだよ。

 

もうその色を消すためには、新しい色で重ねるしかないのだ。常に薄くなってゆく色に、常に新しい色を継ぎ足し重ねていく、これしか方法はないのだ。

 

きっと始めのうちは色が残っているから色々思うことがあるだろう。比較してしまったり、思い出したり、でもそれは少しずつ減ってゆくものなのだ。

 

そんなもう染まりきって薄くもならないし、色も重ねられない、というならば、まずは同じ密度と期間で塗っていくことを許容してほしい。きっと染まるからだ。

 

それは悲しいことに思えるかもしれない、でも恋愛に限らず、人間はそうして生きていくのだ。

適正な人間関係の構築

日常で幸福度を充実させるためにどの程度の人間関係を築けばよいか、大学生の私が自分的に思うようにまとめる。

 

1.複数のコミュニティに所属すること、人間は所属欲求があり、そこに安心感を得る。部活、バイト、何でもいいのでとにかく所属すること。

 

2.気心知れる友人を多く作ること、この友人とは自分が素直になれる、そして相手も素直に、かつ対等な関係であるという点だ。

 

3.恋人(正確には愛情を注げ、かつ愛情を注いでくれる人)を見つけること。

 

4.注意、3に関しそのような関係は依存的になる、そうならないように深く注意すべきである。つまり、友人やそれ以外の人間関係を大切にし、過度な干渉をせず、自分自身を見つめながら自分の心に耳を傾け、その欲求を考えるべきなのだ。もし、感覚的に不可能ならば具体的に接触時間や日数を把握し管理しろ。

略奪愛における自己保身

略奪愛、というわけではないのだが、それに近いものが身近で起きてしまった。

 

私自身男子校出身で、大学でもわりと穏やかな人たちに囲まれていたのでリアルタイムでそういう事態を見るということは今までなかった。正直そこそこに衝撃である。

 

別に私はそういうものが悪い、とか良い、何てことは思っていない、そもそも三角関係だろうと、二者の関係が二つあるというわけで、その二つは別々と考えているからだ。

 

そんなことより何よりも見苦しいのは、奪った(実際に起こっているのは奪ったというわけではないのだが)にもかかわらず、奪われた相手のこと気遣うような素振りをする当事者である。

 

はっきり言おう、本当に気遣ってるのならそんなこと(略奪)はしないし、口から出る労りのような言葉たちは所詮自己の体裁を守るために出てくる極めて都合のいい出任せなのだ。少しばかりある罪悪感等を軽減するために吐き出される言葉に過ぎない。

 

組織内ではあまり良いとは思われない、だからそういう言葉を吐く、挙句相手が気がかりで心から幸せとは言えない、などとのたまう。一体どこまでが本心なのだろうか?

 

こういう事態を見ると、必ずも恋愛が幸福に繋がるとも言えないし、またそれを以て不幸になることもあるかもしれない、ということを非常に感じる。

 

もうそういうことをしたんだったら、堂々としてろよ、とそして思う。