ただの学生の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

合唱と団に対するスタンス

emi0x0.hatenablog.com

blogを始めて以降、スターを付けられた場合はそのblogを見に行くことにしている。基本的にblogを見るときはブログランキング経由が多いが、スターを付けているという点で自分が興味を持っている記事が多いかもしれないからだ。個人的に非常に読んで面白い、と思うblogがあり、その中にこのような記事があった。

  私は今まで音楽と長い付き合いのある人間ではないし、鍵盤も碌に引けない、そんな人間だ。しかし、大学入学後に合唱団に入り、何だかんだ4年生になった。個人的に歌を歌うのが好きだという理由で入ったのだが、最近やっと団内、そして合唱(というか音楽)に対する自分のスタンスを明確にすることが出来た。

 

私の所属するのは学生団体だが、ほぼ外部の指導者の方針に従って活動している、そのため学生団体だが自由は無く、学生は慣例と指導者に合わせる他はない、まるで義務教育なのだ。方針と合わない人は基本的に消えていく、実際同期の半分は2年が終わるころに消えてしまった(ひどい学年は数人しか卒団までに残らない)、新歓期はこれを隠しているから当然という感じもする。基本的に辞められることが前提となっており、外部団体への踏み台にされている。そしてこの団員の扱い方や、団が完全に利用されいる様態はよく宗教に例えられる。宗教で家が拗れている団員がそれを言うと説得力しかなかった。

 

また、合唱(音楽)からは無形の色々なもの、それは例えば「達成感」や「物事の本質」等が得られるらしい。だが、私が求めているものはそんなものではない、また少なくとも私は物事の本質を考えるのに音楽は必要ない。私には彼らが提示する「本質」や「愛」を理解できない。そしてその提示をありがたく頂戴することも理解できない。物事の本質は人から提示されて簡単に手に入るものではない。そこのたどり着く(たどり着いたと誤解する)には数多くの思考と経験と知識が必要だ。

 

それと私はあまり言葉と音を結びつけるのが好きではない。もちろんポジティブなものならいいのだが、ネガティブなものは本当に嫌、というか困るのだ(ネガティブ的選曲ががなぜか多い)。それは言葉に加え、音によって精神的に明らかに強い影響を受けるからだ、明らかに別々のときよりも合わさることによって影響力が大きくなる。精神衛生上良くなく、音楽を通し不幸な気分になることは私は求めていない。もちろん、それらを通し何かを得ることも可能かもしれない、だが私はそれを求めていない。

 

私が音楽に期待することは「精神衛生の向上」これに尽きる。単純に気分が良くなったり、ストレスの解消になれば十二分である。安くない活動費と時間を消費し、不確かで大きな苦痛を伴う得体のしれない「何か」を得るために合唱をするつもりはない。

 

今年は一体どれだけの新入生が残るのだろうか。そして二年生は大丈夫なのだろうか。