ただの学生の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

「~しなければならない」、「~したい」、という2つの意思決定方法

人が幸福等を考えるときにその人間の思考方法というのは非常に重要である。よく言われるのはネガティブな人よりも、ポジティブな人の方が幸福というものである。

 

そのような中で私自身が非常に重要だと考えている思考の経路がある。それが「~しなければならない」、「~したい」というこの2つの発想である。結局何かをするという結果は変化しないのだが、実はモチべージョンや満足度、ひいては幸福度が大きく変わってくる。

 

もちろん、時と場合によりどちらの方法で意思決定をしているかは異なるだろう、だが生まれ育った環境によって片方に偏る場合があるのだ。私の場合「~しなければならない」という側に偏っていた。

 

では、どちらの意思決定が良いのか。

前者の「~しなければならない」という場合、モチベーションの源泉は責任感や恐怖といった感情が大きく占める場合が多い、私自身も周りの目や追加的な課題を逃れるために「~しなければならない」という判断をしていた。

後者の「~したい」という場合、モチベーションは自らの好奇心や純粋なやる気が大きく占め、基本的にポジティブな感情が多いのだ。

また、前者の発想は行動の意思決定の責任を放棄することが出来るという負の面がある。要するに「~しなければならなかったから~だ」という責任転換である。

そしてこの2つの意思決定の最大の違いは「主体性」があるかないか、ということである。

 

ここでどちらが幸福になれる思考回路か考えてみると、明らかに「~したい」とい方だろう。会社等組織内で考えた場合、どちらが良いとか、一方のみで良いかの判断は微妙かもしれないが、私生活においては「~したい」という意思決定をした方が幸せになれるのだ(と少なくとも私は思う)。

 

私は生育環境の問題のため「~しなければならない」という思考が癖であったがこのことを知って以降、出来るだけ「~したい」という感情を大切にしている。そして恐ろしいと思うのは、長い間「~しなければならない」という思考を多用していると自分が何に興味を持ち、何が本当にしたいか、わからなくなってしまうということだ。そして極めて人に流されやすい人間になってしまうのだ。「~しなければならない」という発想は多くの場合周りの基準(に見える何か)より規定されるであるかろうから当然か。

 

結構日本人にはこのような思考をする人が多いと思う(周りが偏っているからかもしれないが)、もし意思決定の方法を大きく切り替えることが出来たら何か変わるかもしれない。