ただの学生の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

昔の恋人を思い出すということは何なのか

過去の記憶を思い出すということはきっと誰にでもあるだろう。特に、過去の恋人との記憶を思い出すということは失恋後多々あるだろう。

 

そしてこのような行為はよく「引きずる」と言われる。私はこれを引きずるとは認識しておらず、他人にそのように言われるとそれは違う、と毎回思っていた。

 

そして最近、何ゆえにこのように思い出してしまうのか(というよりも思い出すことを無意識のうちに望んでいるか)ということが何となく分かってきたような気がする。

 

まず最初に、やはりこれは引きずっている、というわけではない、何故なら思い出すという行為によって実生活に悪影響を与えているわけでもなく、悲しみに明け暮れる、と言わけでもないからだ。引きずる、という言葉はマイナスの表現であり、この行為が本当に「引きずる」ということならば、それによって起きる事象もやはりマイナスである方が妥当だろう。

 

では実際にこの行為によって何が起きているのか。ここで一度どのような記憶がよく思い出されるか考えてみよう。今まで思い出してき思い出のうち、夢の中で数回見た記憶があるものは振られたときの記憶、もしくはその直後の感情の再現である。これは非常に悲しみを与えるようなものであったが、回数でいえばたかが数回である。私は数えきれないほど多くの思い出をこの一年間で思い出しているが、負の感情を思い出しているのはこの数回だけなのである。

 

他の記憶は一緒に出掛けた場所での記憶、家でのんびりした記憶、花をプレゼントするために買った記憶、等々どちらかというと正の感情を伴うものが多い。だが、よくよく考えてみれば別れるまでのプロセスにおいて明らかに私は負の感情を伴う多くの思い出、そして記憶を獲得しているはずなのである(もうそれは酷い記憶を)。

 

ここで1つわかることは、私は日常において過去の記憶を選択して思い出していたということ、そしてそれは正の感情を伴うものが大多数を占め、悪い言い方をすれば美化された思い出たちばかりなのであった。

 

次に、そのように思い出すことによってどのような感覚を私は掴んでいたのであろうか。負の感情か、正の感情か、どちらかを考えればそれは明らかに正の感情であった。過去を懐かしむその瞬間は、まるで心が一時的に満たされているような気がしないでもないのだ。正直言葉にしにくい感覚である。だがその行為は次のような言葉で表現できる気がする。つまり

 

過去の「愛し愛された関係に伴う正の感情」を「思い出す」という行為によって現時点で満たされていない心を「満たす」という、行為。

 

であり、これは

 

現状において「愛し愛される関係」というものを「獲得出来ていない」故に起こる、「代替的行為」、もしくは「防衛反応」とても言うべき代物。

 

要するに今恋愛出来てないから昔のことを思い出して精神を満たそう、ということ、な気がする。

 

つまるところ、結局、上手く次の恋愛に進めればいいわけなのだ。