ただの学生の日記

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アダルト・チルドレンと恋愛

私はアダルトチルドレンであった可能性がある。そもそもアダルトチルドレンってなんじゃと思う人もいるかもしれないが、たまに間違った誤解を持つ人がいるのできちんと定義を引用しよう。

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アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ったことにより、成人してからもこころに傷を抱えている人のことを指します。

 

以下より引用

アダルトチルドレン(AC)とは

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機能不全家族というとDVとか母子家庭、のようなものが思い浮かぶかもしれないが、我が家はそのどちらでもない。引用元にもあるがどちらかというと「過干渉」の家庭であり、コントロールの強い家庭であった。但し、その干渉は母によるものが主たるものである。そもそも父親は仕事のため土日の片方くらいしかいなかった。私自身は典型的な「真面目な子」であった。

 

このような家庭環境は日本のそこら中にあるだろう、あるAC関連本の著者は機能不全家族は8割位と予測している。実際私の周りにも明らかにそうな家庭がいくつかある(きっと自覚はないのだろうが)。

 

ACってのは本当に厄介なもので、害悪は色々あれど、端的に言えば、幸せになるのが難しい、ということにあるのではないかと思う。そしてなかなか自覚しない、もしくはしにくい、いや自覚したくない、というのがあるから余計にたちが悪い。誰だって自分が普通じゃない、とは思いたくないのだ(普通なんてものは所詮妄想に過ぎないのだが)。

 

そんな中、なぜに自分がACではないかと思ったかというと失恋を通し自分が異様にネガティブであると気が付いてしまったためだ。

 

元々長い間変わっていると言われてきた(これは家族からでもあり、本来は良いことではない)ので他人との違いはそんなに気にしなかったのだが、少しネガティブしぎないかということを教員に遠回しに指摘され原因を探って見たらACだなこれは、となった。

 

また恋愛を振り返ってみてもACにありがちな共依存的性質を強く帯びていた。お相手もそのような性質を持っていた(というか相手が精神的につらい時期に交際を始めたというところもある)し、今思うと非常に歪んていたと思う。 

 

失恋後ACを直視し、自分の人生の目的を定義し、認知の歪み等治すことでだいぶ脱出できたと考えている。両親とも受験期以来のけんかをしたし、家にAC本を送り付けるという暴挙も行った。

 

ACから抜け出して最も変わったことは物事に興味が出てやりたいことができたということだ、~したいと思えるようになり、自分がしたいことを考え、それを行動に移すことができるようになった。今まではその感情が来る前に~しなければいけないという思考が先行していたのだ。

 

個人的にACを抜け出す(症状を緩和する)ことは決して難しいことではない、かと思う。抜け出すために1か月10冊のペースで本を読んだし、多くの時間を思考に費やした。しかし、1つ1つ概念を吸収し、自分の歪みを是正してゆけば脱出出来るはずだ。大変な労力と思考が必要だったけれどもその意義は計り知れなかった。

 

そしてACを抜け出したからこそ、共依存的腐った疑似恋愛を卒業できたのだと思う(中々次が来ないけれども、私は恋人がいたあの期間よりも今のほうが確実に幸せなのだ、不思議と)。