休職から復帰した社会人の日記

ただの日記です。思ったことや、考えたことを書いていきます。

消費されるペットとしての子供

今、実家に帰って来ている。しかし、あまり帰省したくはなかった。

確かに、この歳まで生きれたし、肉体的には成長したが、両親にとって生きるためのおもちゃでしかなく、まるで飼育されたペット、動物園の動物でしかなかった。

つまり、我々は両親が生きるため消費されてきた。

小学校、中学校までいい記憶が全くない。覚えていることは、反抗したら家から出されたこと、ビンタされたこと、怒鳴られたこと、常に文句を言われ家で全く心が休まらなかったこと、つーかむしろ家が恐怖だった、小学生ながら死にたいと思い包丁を手にしたが痛みへの恐怖が募り泣きながら断念したこと。

ここまで書いてると物凄く反抗的な子供に見えるが、むしろ私は糞真面目と言われるタイプの人間である。

こんなことをばかりで、ペットに人権はない。意見を能動的に言ってはならない。意見は聞かれたとき、模範解答を言わなければならない。というか、自分の意見など全く通らない、だってペットの戯れ言だぜ。なんか言えばずっと嫌みばかりだし、もう反抗する気力も無くなる、意見を言うこともなくなる。

となると、生きる道はとにかく両親に最適化するしかなかった。私が人間扱いされたのは、中学校入学後、塾に通い始め成績が比較的校内でも良いと言われるようになってからだ。ここに来て、やっと条件付き愛情を感じるという皮肉。

この違和感に気付いたのは、大学入学後、実家で意見が通ったときの違和感だった。よく考えればまともに意見が通ったことないし、まさか意見が通るなんて!と思ったのだ。

はっきりいって私は両親を尊敬していない、むしろ侮蔑している。子供を無視し、現実を無視し、おもちゃとして子供を飼育してきた人間に何も思わない。

大学時代、機能不全家族の本を実家に送りつけ、かなり険悪になったが、母から出てきた言葉は私も辛かったという言い訳、あげく父は怒鳴り全く話を聞かない、私は悟った、ああこいつらは本当に自分のことしか考えてねぇと、だがら押し付けがましい他人の欲求や意見を考えない援助が多いのかと。その後も父は全く理解を示さず、何かあれば必ず怒鳴る。私か父が死ぬときに恨み辛みを書いた手紙でも送りつけようか思っている。

大学時代で何とか克服したかと思ったけど、社会人として働いてみて、まだまだ呪縛の中にいると思ったのであらためて考えた。

まずは、抑圧された自分の感情を取り戻したいな。